吊って上げるだけじゃない。40年の歴史、丸良興業発展の理由。
東京都大田区から全国へ、クレーンレンタル、重量物吊上げ作業、
各種ラフテレーンークレーン・オールテレーンクレーンの手配を手がける丸良興業です。
弊社には、クレーン作業・クレーンの修理を専門に扱ってきた40年以上の歴史があります。
現在お付き合いいただいているお客さまの中には、実は、創業まもなく1番初めにお取引をいただいた企業さまもいらっしゃいます。
今回は先代の社長から聞くこれまでのストーリーから、丸良興業の”今”へ発展してきた理由をお伝えできればと思います。
不況でも乗り越えてこられたのは、「和と感謝」を大事にしてきたから
取材をはじめてすぐ先代から一言目に出てきた言葉。それは「和と感謝」でした。
1970年代、2回のオイルショックを経験し、厳しい社会経済状況でも生き残ってきた弊社。そこには、お客さま・社員・会社との確固たる信頼関係がありました。
「日本は人に恵まれないと仕事は無い。だからいつもお客さま、従業員と会社との和、感謝の気持ちというのをずっと持ってきた。その気持ちがあったから不況でも仕事がないということはなかった。」
クレーンの修理工から始まった創業当初、先代の虻川は丸良興業を中古の20tクレーン車1台から営業をスタートしました。
クレーン1台では、大きな現場での案件を取ることはできません。しかし、当時、仲間から少しず現場を任せてもらい、それらを着実に納めることで徐々に信用を培っていきました。仕事をいただけることへの感謝の気持ち、それは今も変わらないと、先代は言います。
そして営業活動をせずとも仕事がもらえていたのは、現場に出ること、現場で間違いのない作業を行い周りに認知してもらうこと、それが仕事を増やす1番の近道だったのだと。
お客さまが困っていることを、どうしたら解決できるか考える
さらに、創業時から続く丸良興業の企業文化はそれだけではありません。
クレーンを扱う専門会社として、それに関わるお困りごとの解決には常に全力を注いできました。
例えば、20年以上も前の話ですが、作業中クレーンと建物との距離に厳しい制約を設けられ、頭を抱えるお客さまがいらっしゃったときには、当時、クレーンのブームと建物との距離を計測するセンサーの開発にまで身を乗り出したこともありました。3ヶ月もの時間をかけて。
そのエピソードからもわかるように、丸良興業では徹底的に「私たちに何ができるか」ということを、目の前のことだけにとらわれず考え抜くことを実践してきました。
基本的に、弊社では重量物の運搬移動や吊上げ作業が主な業務ですが、1番大事なことはそれによって「お客さまの課題を解決」することなのです。
そのためのご提案や、どうすれば実現できるか、とことん考えるその発想力はこのころから養われてきたのです。
また、そのいい意味で「常識にとらわれないアイディア」で言えば、弊社のトレードマークである「青いクレーン車」。これは創業当時から、一際目立っていたようです。クレーン車といえば多くの方が「黄色」をイメージされるかもしれませんが、その中で少しでも注目を集めるにはどうしたら良いかと、今の青に全面塗装することを思いついたそうです。
こういったエピソードも弊社ならではかもしれません。
修理まで自社で対応できるから現場がストップしない
そして、丸良興業と言えばその修理工がルーツであるという、クレーン車整備のノウハウがあります。
操縦の技術も然ることながら、作業中の稼動音や車体の動きには非常に敏感です。
万が一普段と違うことがあっても、その違和感にいち早く気が付きます。
故障や不具合が起きる前に対処できることで、最悪のケースを回避する判断ができ、それが現場をストップさせないことへと繋がります。
大規模な建設現場では特に、何百人もの「人」が毎日作業にあたっています。もしその現場を急遽1日でもストップするようなことがあれば、お金と時間の両方で大きな損失を出すことになってしまうのです。
修理に関しても、部品を取り寄せ自社で対応できるため、長期間クレーンを稼動できない状態にすることはありません。
その機動力が認められ、今日の丸良興業があるのです。
先代の話を聞くのは、日頃働いている私たちスタッフに振り返る機会を与えてくれるものですね。身の引き締まる思いです。
各種ラフテレーンークレーン・オールテレーンクレーンの保有台数も徐々に増やしている最中ですが、これからの丸良興業はさらに進化していきます。
クレーン作業のご依頼やお見積り、手配まで、丸良興業は全国対応しております。
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